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【magazine】武蔵野美術大学公開講座2019 第5回レポート 「『役に立つ』から『意味がある』へのシフト」を学ぶ!

武蔵野美術大学とWEデザインスクールが共同開催する社会人向けの公開講座「クリエイティブを学ぶ! ~デザイン、アートの力って?」の第5回が東京ミッドタウンのインターナショナル・リエゾン・センターで開催された。最終回となる今回の登壇者は、独立研究者、著作家、パブリックスピーカーの山口周さん。前半では山口さんによるスライドトークが行われ、後半ではモデレーターの稲葉裕美さん(OFFICE HALO代表/WEデザインスクール主宰)を交えてのトークセッションが行われた。

文=藤生新(ライター)

 

公開講座「クリエイティブを学ぶ!」も今回で最終回を迎えることとなった。各回キャンセル待ちが出るほどだった人気講座の最後を飾るのは、独立研究者、著作家、パブリックスピーカーとして活躍する山口周さん。2017年に上梓した『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』はベストセラーとなり、ビジネスパーソンのみならず、クリエイティブ業界でもセンセーショナルな話題を巻き起こした。「デザイン」「アート」「ビジネス」の今日的な関わりを考える上で、いま最もクリティカルな知見を供給する人物のひとりであると言っても過言ではない。

 

そんな山口さんが最近関心を寄せているのが、「役に立つこと」と「意味があること」の新たな関係性。この日の講座では、これから書籍化も考えていると語る両者の関わりを軸に、リスナーを飽きさせないトークが繰り広げられた。

 

■ 低機能・高価格なライカが人気を誇るわけとは?

最初に山口さんが語り始めたストーリーの出発地点は、隠れキリシタンの遺構がいまなお残る五島列島。さかのぼること数日前、彼は20人ほどの仕事仲間とともに同地を訪れていた。そのときに同行していたうちのひとりが手にしていたのが、コンパクトカメラの「ライカQ2」。ライカといえば、ロバート・キャパが戦場で崩れ落ちる兵士を写した奇跡の一枚や、アンリ・カルティエ・ブレッソンが写真史に刻んだ「決定的瞬間」の数々が目に浮かぶ。言わずとしれた世界的カメラブランドだ。

 

無駄がなく洗練されながらも、どこか豊かな表情も感じさせるライカの佇まいに魅力を感じた山口さんは、東京に戻るとさっそくライカの販売店を訪れた。そこで彼が目にしたのは、その驚くべき「価格」と「人気」だった。

 

五島列島でひとめ惚れしたQ2の値段は、一台あたりなんと75万円。しかも、同機はレンズを着脱することができない。つまり初期装備の28mmレンズしか使うことができず、広角レンズが適した風景写真や、長い焦点距離が求められるポートレイト撮影には向いていない。被写体を覗き込むようにして撮影する、ごく限られたシチュエーションに特化したカメラであると言えるのだ。

 

しかし、それにも増して驚くべきは、そんな不便極まりないライカがいま大きな人気を集めているということだ。スマートフォンの普及がカメラ市場に大きな影響を及ぼし、メーカーがこぞって「高機能」「低価格」のカメラ開発に躍起になる中、それとは真逆の戦略(「低機能」「高価格」)を取るライカが優位な戦いを繰り広げているのだ。山口さんが語る「役に立つこと」と「意味があること」の新たな関係性がここに示されている。この両者を分かつものとは何なのか? その背景には、ライカならではの「意味」があるとのことだ。

 

■ 「アート」のもつ社会的機能

ライカならではの「意味」、それを象徴しているのが、先に触れたキャパやブレッソンのイメージだ。そこには、歴史や、物語や、人々の顔がある。ライカが提供しているのは、そうした豊かな「意味」の連なりであり、ライカを買うことはそれに伴って連想される物語を消費することとイコールである。しかし、山口さんの指摘はそれだけに留まらない。「役に立つこと/立たないこと」のどちらが良いかと聞かれたとき、ほとんどの人は前者を選ぶだろう。それと同じように、「ものがたくさんある状態/ない状態」についても、多くの人は前者を選ぶにちがいない。しかし山口さんは、「ものがない状態」こそがいま新しい価値を生み出していると指摘する。それを象徴する人物が、片付けコンサルタントの「こんまり」こと近藤麻理恵さんだ。

 

日本ではあまり知られていないが、こんまりはいまや世界で最も有名な日本人のひとりになっている。著作『人生がときめく片づけの魔法』(2010年)は世界40カ国以上で出版され、1100万部の売上を記録した。2015年にはTIME誌の「世界で最も影響力のある100人」のひとりにも選ばれている。1000万部以上を売り上げるミリオンセラーの作家としては、ハリー・ポッターシリーズで知られるJ・K・ローリングとも肩を並べるほどだ。このように、こんまりはいまや日本の主要な輸出コンテンツのひとつとなっているのである。

 

それでは、彼女が世界で生み出している「価値」とは何なのか? それは、「ものを減らすことの価値」だ。長い人類の歴史の中で、ものは常に「多ければ多いほど良い」とされてきた。しかしその供給が需要を上回ったいま、ものはむしろ「少なければ少ないほど良い」と考えられるようになってきている。思考のパラダイムシフトが起きているのだ。こんまりのヒットは、その大きな転換点を象徴している。

 

それと同じように、「役に立つこと」から「意味があること」へのシフトも、こうしたダイナミズムの中で捉えることができるのではないだろうか。多くの人は当たり前のように「便利なもの」が価値に結びつくと考えるが、先ほどのライカの例を思い出せば、いまや「不便なもの」こそ最も価値あるものとなっているのだ。

 

また、「コンビニエンス(便利さ)」を追求したコンビニでは、ほとんどの商品は一種類しか売られていない。なぜなら、利便性が求められる商品(文房具など)の「意味」はただひとつしかないからだ。しかし、そんなコンビニにあってタバコだけは例外的に多くの種類が売られている。なぜなら、タバコは「役に立たない」が「意味がある」商品だからだ。「役に立つ」市場では、ピラミッドの上位を占める商品しか生き残ることはできない。しかし「役に立たない」市場では、「ほかとの違い=多様性」が価値を生むため、さまざまな個性が共存・共栄することができるのだ。

 

山口さんは、社会における個人の価値もそれと同じ論理で動いていると指摘する。ある組織の中で期待される役割に応じられる人(「役に立つ人」)は、最低一人いればよい。だからこそ、ある役割における1番手を取れないのであれば、「役立つこと」ではなく「意味があること」の追求にシフトした方がよいといえる。こうした「意味と価値の創出」は、「サイエンス」に対置される「アート」の社会的機能のひとつだろう。

 

■ビジュアルでストーリーを描くこと

さらにイベントが盛り上がりを見せたのは、後半のトークセッションが始まり、モデレーターの稲葉さんが加わったときだった。

かねてより教育分野にたずさわっている稲葉さんからは、「どのようにすれば山口さんのように本質的な視点をもつ人材を育てることができるのでしょうか?」という質問が投げ掛けられる。1989年に慶應義塾大学文学部に入学した山口さんは、当時就職に有利とされていた経済学部を選ばずに、敢えて文学部を選んだそうだ。それは「役に立つこと」よりも「意味があること」を求めたからなのではないかという稲葉さんの指摘に対して、山口さんは極めてシンプルに回答する。

 

「そっちの方が楽しそうで、ピンときたから。」

 

就職に向き/不向きと考える思考は、データの世界の思考、いうなればサイエンスの発想である。論理的に考えれば、将来的に有利な経済学部を選んで然るべきだ。しかし、山口さんにとっての文学や哲学は単純に「かっこいいもの」であり、あこがれの対象だった。山口さんは「データは裏切るけれど、直感は裏切らない」とも語る。その言葉に対して、稲葉さんは次のように問い掛ける。

 

「直感は裏切らないとおっしゃいますが、どうすれば直感を鍛えることができるのでしょうか? 個人的には、いま山口さんが葉山にお住まいだということも気になっています。私たちは世界と直感的に関係する力をどうすれば伸ばせるのでしょうか?」

 

それに対して山口さんは次のように答える。

「大事なことは、自分自身のプロデューサーになることです。『世界劇場』という劇場で『自分』という俳優を振り付ける脚本家でもいい。主人公にどんなことをさせてあげるかは自由で、完全に何も制約はありません。」

「究極的には、あるシーンを思い浮かべてピンとくるかどうかということ。たとえば、この主人公を葉山に住まわせるとどうなるかとかですね。コンサルティングの人は長時間労働が多いので都心に住むことが多いんですが、敢えてそこを真逆の設定にしてみる。そんな主人公がいたときに、ストーリーやプロットはどうなるのか。それをビジュアルで考えるようにしています。」

 

ここでキーになるのは「ビジュアルで考える」という思考法。人生のひとつひとつの選択肢にストーリーを見出すという作業は、ゆくゆくは新たな価値の創出につながる「意味づくり」の力を鍛えることにもなるだろう。

 

喜怒哀楽をベースにしたビジネスモデル

トークが終盤に差し掛かったところで、稲葉さんは「発想はどこからくるのか?」という疑問を投げ掛ける。「クリエイティブとは何か?」という問いにもつながる本質的で難解な問い掛け。それに対して山口さんは、謎解きの鍵は「よく寝ること」にあると答える。たとえば、たっぷりと睡眠を取った朝のまどろみのひとときや、目覚ましのためシャワーを浴びてリラックスしている瞬間を思い浮かべてほしい。山口さんは、そんなときにこそ重要なアイデアが閃くことが多いそうだ。それに関連してとある研究について紹介してくれた。

 

カリフォルニア大学教授のディーン・キース・シモントンが著した『天才の起源(Origins of Genius)』という書籍がある。そのタイトルが示す通り天才を研究した本で、ベートーヴェンやモーツァルトなどの天才がどんな時期に傑作を生み出しているのかをリサーチしているそうだ。単純に時期だけで区切ると、若い時代に傑作を生み出す人もいれば晩年で生み出す人もいる。しかし多くの人に共通しているのは、傑作が生み出される時期と最も多作な時期が重なっているそうだ。しかも、その時期の中ではその人史上最も駄作とされる作品が生み出されることも多いという。

 

つまり、クオリティの高い閃きが生まれる可能性は、閃きの量と比例しているということだ。だからこそ「たくさん考える」作業が最も必要になってくる。それでは、どうすればアイデアの量を向上させられるのか? そのためには、まず「能動的になれる時間」を増やす必要があるだろう。長い時間、ひとつの問題に取り組むためには、自らをエンスージアスト(熱中している人)にすることが必要になるのだ。「楽しい」と思って取り組んでいる人と、苦痛を感じながら取り組んでいる人との間では、結果にも自ずと差が生じてしまう。その問題に取り組むことに魅力を感じ、夢中になっているかどうかが、最終的には閃きの量とクオリティへとつながっていくのだ。

 

さらに、そのことには喜怒哀楽も関係してくる。世界で活躍するリーダーたちを思い浮かべると、彼/彼女らの多くが、世の中で起きている問題に対して怒ったり悲しんだり憤ったりしていることが分かるのではないだろうか。「エンスージアスト」という言葉が使われた意味は、クリエイティブなイノベーションを起こしている人々のエネルギーの核心に「喜怒哀楽」があるからだ。たとえば、ある仕事の成果を「素敵だ」と思えるからこそ、自然とそれをみんなに共有したいと思えるようになる。それは「広報」というよりは、より原初的な衝動のようなものだろう。そうした感覚をベースにビジネスを組み立てることが大切なのである。すると、そこにはいつか「共感」が芽生え、「友人」と呼べるような人々さえ生まれてくるかもしれない。(それに対して「正しさ」をベースにビジネスを組み立てると、考え方を異にする「敵」が生まれ、人々は離散してしまいがちになる。)

 

クリエイションにまつわる話は、やもすると空を掴むような話題になりがちだ。しかし山口さんのトークはいつも具体的で、視覚的なイメージを伴って話されることが印象的だった。一般的には、データや論理に基づくサイエンスこそが具体的で、アートはあいまいであるとされることが多い。しかし、今回の講座を通じて、アートにはビジュアルなイメージやストーリーを伴った独自の力があり、だからこそ人間の行動や発想と深いところで結びついていることが分かった。本講座に参加したひとりひとりも、クリエイティブな発想の根幹にある「アート」の力を、個々人の実践の中に落とし込んで考えるきっかけになったのではないだろうか。

 

 


武蔵野美術大学公開講座2019 「クリエイティブを学ぶ! 〜デザイン、アートの力って?」
■第5回 2019年11月6日(水)19:00-21:00
「『役に立つ』から『意味がある』へのシフト」を学ぶ!
講 師:山口周|独立研究者、著作家、パブリックスピーカー
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