【magazine】学生と企業、みんなの想いをかたちに。駅員の制服デザインプロジェクト
2021年春、JR中央線で駅員の新しい制服が登場しました。これは2019年夏、株式会社JR中央ラインモール(現:株式会社JR中央線コミュニティデザイン)が、創立10周年を記念した新制服のデザインを武蔵野美術大学(以下、ムサビ)の学生と共創するプロジェクトによって生まれたもの。このプロジェクトについて、当時の代表取締役社長である石井圭さん(現在は株式会社JR中央線コミュニティデザイン 常務取締役)と、企画・マネジメントを担った株式会社ディーランドの酒井博基さん、参加メンバーの重田奈々帆さんにお話を聞きました。重田さんは2020年3月に基礎デザイン学科を卒業し、現在はWebデザイナーとして活動しています。
一番を決めるのではなく、みんなでつくり上げる
―まずは、プロジェクトの概要を教えてください。
石井:当社はJR東日本から委託を受け、JR中央線の武蔵境駅、東小金井駅、国立駅を運営しています。なのでその3駅の駅員は、JRの制服ではなく当社オリジナルの制服を着ているんですね。2020年に当社が10周年を迎え、記念にその制服をリニューアルすることになりました。そのとき、ムサビの学生さんに制服のデザインを考えてもらおうと思ったんです。プロジェクトを通して完成した新制服の着用は2021年3月から始まり、さらに4月からは、新たに運営を始めた南武線の3つの駅でも着用されています。
―ムサビに着目したのはなぜでしょう?
石井:当時担当していた社員が「同じ中央線沿線にあるムサビの学生さんと一緒につくりたい」と言ったのが始まりです。当初は、名門美術大学とつくるというのは敷居が高く感じましたし、取り合ってくれるのかなという不安もありました。でも、ちょうどその時期にムサビさんがオープンキャンパスをやっていたので、父兄のふりをして見に行ったら(笑)、企業などの外部組織と連携していろいろなプロジェクトを展開していることを知りました。なにより学生さんの作品のレベルが高く、みなさんがすごく生き生きとしていた。それで、ぜひ一緒にやらせていただきたいなと思い、以前からお付き合いのあった酒井さんに相談したという流れです。募集が始まり、メンバーが集まるかどうか不安だったのですが、重田さんをはじめ9名の方に応募いただいてひと安心したのを覚えています。
2020年8月、初めてメンバーが集まったときの様子。JR中央ラインモールから、同社の取り組みについての説明がされた。
―重田さんが参加したきっかけはありましたか?
重田:メンバーを募集していることは、たしか学内の告知で知りました。駅員さんが実際に着る制服をデザインするなんて学科の授業ではまずないですし、服飾デザインという未経験の領域だったこともあり、おもしろそうだなと思ったのがきっかけです。4年生でしたが、これはまたとないチャンスだと参加を決めました。
―今回のプロジェクトは、夏休みを利用した約1カ月間のサマープログラムとして行われたとのことですが、どのような流れで進んでいったのでしょうか。
酒井:大きくは、フィールドワークやレクチャー、ディスカッションを通してデザインを練っていき、最終発表会でひとりずつアイデアをプレゼンするという流れです。サマープログラムの終了後、学生から出たアイデアを集約し、プロのデザイナーである岡義英さんがあらためてひとつのデザインに落とし込みました。
フィールドワークでは、街や駅、それから駅にあるラインモールさんが運営している商業施設を視察したり、社員の方や街の人へのヒアリングを実施。レクチャーでは、コンセプトデザインについて知るほか、岡さんが制服のデザインのプロセスや求められる機能などを教えました。地域を知り、JR中央ラインモールについて知り、制服のことを知る。それらを行ったり来たりしながら進めていきました。当初から決めていたのは、優秀なデザイン案をひとつだけ採用するのではなく、プロセスのなかで生まれたアイデアや知ったことを共有しながら、みんなでつくり上げていくこと。一番を決めるプロジェクトじゃないということを、最初から学生メンバーに伝えていました。
駅やその周辺を歩き、街とJR中央ラインモールを知るフィールドワークの様子。
デザインを学ぶ学生であり、“お客様”でもあるムサビ生との協業
―プロジェクトを通して感じた、学生メンバーの印象を教えてください。
石井:美術大学の学生さんとお話しするのは生まれて初めてでした。それまでは変な固定観念があって、ちょっと変わった人ばかりなのかなと思っていて。実際に変わった方もいましたが(笑)、みんなフレンドリーで、そこがまず新鮮な驚きでした。駅員の話を聞いてもらったり、高架下を一緒に歩いてもらったりと、一定の時間を共にし、みなさんがいつも積極的に参加いただいていたことがうれしかったですね。
なかでも思い出深いのは、最終発表会でしょうか。みなさん、自分なりのストーリーをしっかりと組み立てていて、それがデザインに落とし込まれていることをビシッと伝えていて。発表後に行われた社員との意見交換の場でも、和気あいあいとした雰囲気のなか、社員の質問に笑顔で真剣に答えてくれていたのが印象的です。
最終発表会では社員の方が見守るなか、ひとりずつプレゼンを行った。
酒井:石井さんはムサビ生に対してどのような期待を持っていたのでしょうか? 制作がスムーズに進むプロのデザイナーではなく、あえて美大生と一緒につくるという選択をしたのはなぜだったのかなと思いまして。
石井:学生さんは、駅のお客様でもあるんですよね。お客様の視点から見て、どんな制服がいいのか直感的に感じて生まれたアイデアを生かせるんじゃないかと思ったんです。なおかつ、デザインに対してまったくの素人ではなく、デザインを学んでいるお客様であるという点にもすごく期待していました。それからもうひとつ、鉄道会社に限らず航空会社やホテルでも、制服は当然プロの方がつくるわけなんですが、当社の社員が着る制服はそうではなく、地域との関わりを持ったうえで生まれたものであるべきだろうと。だからこそ、同じ地域にあるムサビさんがふさわしいと考えました。
大切にしたのは社員の方とのコミュニケーション
―今回、学生メンバーの学科や学年はさまざまでしたよね。
重田:そうなんです。でもそれが全然関係ないくらい、同じレベルでデザインを考えられたなと感じています。学年も学科もばらばらな人たちが同じプロジェクトに関わる機会はあんまりないのですが、垣根を越えてそれぞれが思ったことを言い合える環境はいいなって。むしろ、話せば話すほど価値観や考えの違いが出てきて、それをすごく楽しんでいました。
服飾デザインを勉強したことのある人がいなかったのがよかったのかもしれません。だからこそ新しい発想が生まれたんだと思います。
―特に大変だったことや、力を入れた部分はなんでしょう?
重田:私は“ののわ”の文字が入った布をつくりたいっていう、なんとも無謀な提案をしたんですね。中央線沿線の自然の豊かさや人の温かさを表現したいなと思ったときに、ジャケットの形とかではなく、中に着るワイシャツの布の柄でさりげなく表現できないかなと思って。試行錯誤を重ね、最終的に武蔵野の草花をテーマにしつつ、手書きの文字をあしらったワイシャツを提案しました。難しかったけれど、そこが一番工夫した部分であり、一番やりたかったことですね。
酒井:そのデザイン、そのまま実現しましたもんね。
重田:そうなんですよ! びっくりしました(笑)。
重田さんのアイデアが生かされたワイシャツ。「ののわ」の文字と、武蔵野の草花があしらわれている。
酒井:岡さんからいただくプロとしてのアドバイスと、自分たちに求められている斬新さみたいなところのせめぎ合いがあるように感じていました。でも、あんまり変わったことをやりすぎると駅員さんに見えないという、あの線引きが難しかったですよね。
重田:ありましたね、すごく難しかったです。
酒井:僕も知らなかったのですが、車椅子の方をアテンドするときにしゃがむから伸縮性が必要だったりと、駅員さんの制服ってすごく機能性が求められるんですよね。さらに、通勤の時間にお客さんがみんなスーツを着たりしている中でも、ひと目で駅員さんだと認識できることも必要で。それから、社員の方の想いも強かったですよね。
重田:最初は、単純に記念だから制服を変えたいというお話だと思っていたのですが、社員さんにヒアリングさせていただいたときに、想像以上に中央線沿線に対しての愛を持っていらっしゃることを知って。こういう想いで制服を着たい、地域に貢献していきたいんだっていうのをすごく感じました。そこでかなり意識が変わり、いろんな方の意見を聞いたうえで、楽しくお仕事ができるような制服にしていくプロジェクトなんだと気づくことができました。
酒井:石井さんは、社員さんの関わり方についてどう感じましたか? 想像以上に意見が出てきたのか、想定内だったのか。
石井:当社はもともと忖度しない文化なので、社長がやろうと言ってもやらないこともあるのですが(笑)、このプロジェクトにはすごく乗ってきてくれて。社員たちが自分たちの意気込みや想いを熱く語ってくれたのがうれしかったですね。想定以上に参加してもらえたと感じています。
まとう人が、さまざまなストーリーを語れる制服
―最終発表会のあとは、岡さんがみなさんのアイデアを取り入れつつ、ひとつのデザインに落とし込んだんですよね。
酒井:はい。着用するみなさんと、関わってくれたみなさんが誇りを持って語れる制服にしたいよねという話をしていて、岡さんはまさにそれを形にしてくださいました。いろんな人のアイデアをうまく編集しつつ、再構築していった感じです。学生メンバーのひとりがコーポレートカラーの3色をジャケットのチェック柄に落とし込む案を出して、それ自体は採用されなかったのですが、3色でチェックをつくるアイデアはいいよねということで、ネクタイに採用されました。武蔵野の大地をイメージしたジャケットの色もメンバーから出たアイデアです。
―石井さんは、完成した制服にどんな感想を持ちましたか?
石井:本当に大満足です。駅員としての存在感とカジュアルさ、スポーティ感などが、ちょうどいいバランスで共存していると感じました。我々社員の想いが、“ののわ柄”のシャツやロゴマークが入ったボタンなど、いろんなところに表現されている。よく「神は細部に宿る」と言いますが、まさにそれが体現されています。実際に着ている社員からも非常に好評ですよ。
―重田さんはどうでしたか?
重田:できあがったという連絡をいただいて、実物を見せてもらいました。あのデザインがこうなるのかという驚きもありましたし、それこそワイシャツは案をそのまま使ってくださっていて「私が描いたやつだ!」って(笑)。それを着用して駅業務をされている駅員さんを見ると、新しいけど馴染んでいるっていう印象があって、すごくうれしかったです。
―酒井さんは、プロジェクトを振り返ってみていかがですか?
酒井:まとっている人が「このネクタイがね」とか、「このシャツの柄は」とか、いろんなストーリーを語れるような制服にすることができました。見た目のよさだけではなく、社員さん一人ひとりが制服について語れることが、地域に愛されることにもつながると思います。今回は本当にデザインのあるべき姿が機能したと思っていて、協創プロジェクトがもつ可能性ってこういうところなんだろうなと感じました。
―最後に石井さん、また今回のようなプロジェクトがあったら、ムサビ生と一緒に取り組んでみたいと思いますか?
石井:もちろんです。今回のプロジェクトをきっかけに、参加した学生さんに国立駅のポスターを描いてもらったりと、新しいつながりも生まれました。ムサビのみなさんってすごい。そう再認識したので、ぜひまた一緒にやらせていただきたいと思っています。
(文=d-land 平林 理奈)