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【report】PLAY! ×武蔵野美術大学 課外プロジェクト「PLAY! と経済:アート、クリエイティブ、実践」第3回レポート

【関連リンク】
「PLAY! と経済:アート、クリエイティブ、実践」第1回レポート
「PLAY! と経済:アート、クリエイティブ、実践」第2回レポート

 

 2020年6月に立川に新設された複合文化施設「PLAY!」(以下、「PLAY!」)と武蔵野美術大学(以下、ムサビ)の共同課外プロジェクト。武蔵野美術大学の学生5人と「PLAY!」が2ヵ月に渡り取り組んできたプロジェクトも、3月末に終了。…のはずでしたが、なんと4月以降も各学生のプロジェクトがそれぞれに進行していきます。まさかの展開にびっくりしつつ、自分が学生だったらすごく嬉しいだろうなと妄想してしまう素敵な展開。というわけで、本日の記事では3月末に行われた最終回の様子を振り返りつつ、今後実施予定のプロジェクト・企画の内容を紹介していきます。

 最終回当日は「PLAY!」に全員が集合。草刈さんたちの先導で、閉館後の展示室の中で車座になり、学生各自がそれぞれ提案を行いました。といっても、すでに各企画のアウトラインはだいぶ完成しており、各学生の落ち着いた話し方からは、毎回のフィードバックを受けて更新し続け、粘っていった軌跡が感じられます。そして、それぞれの提案にしっかり耳を傾け、頷いている様子もなんだか素敵。以前は人の話を聞かない学生たちだった…というわけではありません。ほぼ初対面だったメンバー同士がお互いに理解を深め、それぞれの提案を態度で肯定し、サポートしている姿が見えたからです。結局チームで一つの企画を進めるという形にはなりませんでしたが、それぞれの提案をリスペクトし、話しやすい場を形成している様子がありました。月並みな表現ですが、これもチームの形に思えます。

 

1.来場者同士が交流する

 最初に発表をしてくれたのは、工芸工業デザイン学科の学生。『アーノルド・ローベル展』にて来場者がお互いの意見を交換しあえる企画を発表していました。この学生は、第四回から最終回までの過程で「来場者がお互いの意見を交換する」ことを目的に提案をブラッシュアップ。落ち葉のメモにある質問に鑑賞者が答えを書いて、地面に堆積していくという企画です。この落ち葉というモチーフは、ローベルが制作した「がまくんとかえるくん」のエピソードを再現したもの。落ち葉は自由に手に取ることができ、その場に居合わせていない鑑賞者同士が交流できます。またメモを配置するだけでなく、それを掃くための箒も設置するそうです。

 


《2021年3月28日までPLAY! MUSEUMで開催されていたアーノルド・ローベル展》

 

 「PLAY!」での『アーノルド・ローベル展』は会期が終了しましたが、その後は全国を巡回予定。そこで、この企画はその巡回先にて行われるそうです。まさか、他の美術館で行うことになるとは。zoomでミーティングに参加していた美術館の学芸員さんと草刈さんがその場で会話し、「じゃあ、やろう!」の一言で決まった時はその場にいた全員がびっくりしていました。もちろん私も。というわけで、現段階では一年後の巡回展に向け、企画をさらに詰めていくことになりそうです。

 

2.ダイナミックな規模感

 一番の規模になりそうな提案をしたのは、空間演出デザイン学科の学生。当初から「PLAY! PARK」での大型遊具の制作がしたいと話していました。最終的に実施の方向で決まったのは、毛糸で制作した人工芝を3500枚敷き詰め、大きなお皿(施設中央にある遊具)を春色の人工芝で覆うというビッグプロジェクト。実際に試作した毛糸製の芝や、予算の概算を組み、説明をしていました。
 参加者数も期間もスケール感が大きいゆえに「大きなお皿全体を覆う必要があるのか?」「一部分だけマットのようになっていてもかわいいのでは?」というフィードバックも出ていました。ですが、最終の提案ではイメージ図を提示しながら頑なに「やっぱり、大きなお皿いっぱいに敷き詰めたいです」と主張。そこまで言われると、聞いているこちらもそのスケール感でしか考えられなくなります。規模感に圧倒されていた大人たちも、段々と「みてみたい」「PLAY! を知ってもらう機会になりうる」と、どこか期待感と覚悟を込めながら話していました。学生が精度の高い試作と、細かな試算を提示したのも大きく、それによってグッと企画への理解が深まった気がします。各参加者が制作した人工芝のピースをどうつなぎ合わせるか、またそれをどうやって大きなお皿に設置するか、企画全体の季節感についてはこれから決めていくことになりますが、それが決まり次第、さっそく始動していきそうです。

 


《毛糸で制作した人工芝》

 

3.繊細なチュチュの美しさ

 同じく、「PLAY! PARK」で行うワークショップを提案していた日本画学科の学生は、カバンからおもむろにチュチュを取り出しながら話を始めました。ふわふわできれ〜い。

 水切りネットを結び合わせて作っていたのは、バレエ用の白いチュチュ。最終提案で話していたのは、チュチュとジャゴ(男性バレリーナが首につける装飾品)を制作したあと、大きなお皿を貸し切って、バレエダンサーと一緒に踊ったり、ダンスを観たりするというプログラム。原価200円には見えない、とても繊細な試作品に全員が興味津々。これを着けて踊る光景がどれほど幻想的かは想像に難くありません。また説明してくれた制作方法も至ってシンプルで、参加対象となる小学校低学年でも容易に作ることができそうです。こちらも制作物そのもののクオリティの高さが、企画全体の解像度を上げ、輝かせている気がしました。

 ただ、来場者が集中する昼間に入場を制限し、ワークショップの参加者のみ入れるという実施方法が若干ネックに。来場者が横ばいになる中、入場を制限した場合の売り上げも考えなければいけません。今後は内容というより、実際に実施する場合の時間帯や、全体の進行について進めていき、実施に向かいます。

 


《水切りネットで制作したチュチュ》

 

4.大人が楽しむものづくり

 美術館への親近感と愛情を語っていたデザイン情報学科の学生は、大人を対象にしたワークショップを提案。4月から開催されている『ぐりとぐら しあわせの本』展を題材に、絵本の世界をミニチュアで再現するという内容です。この日は実際に試作したミニチュアを持参しており、ぐりとぐらが運転しているたまごの車や、自転車、小さなドアにほかのメンバーも興味津々。自分が手を動かした感想を交えながら、実施する際の難易度や指導する先生の有無を検討していました。

 この企画のミソは、制作したミニチュアが実際に「PLAY!」に展示されるということ。美術館への思い入れを事あるごとに話していた学生らしい、素敵な着地点だなあと感じました。小中学生や高校生を対象にした企画や、学校と共同するものはムサビで行われているプロジェクトでも多くあるものの、「大人を美術館へ呼び込む」ことを目的にしたワークショップ企画はあまり聞いたことがありません。(もちろん、大学美術館・図書館のイベントとして、ギャラリートークやワークショップが行われてはいますが。)大人を対象にしたものづくりワークショップというのは、企画する際に「大人って何が楽しいのか?」「手を動かす、なんてやるのか?」…なんていろいろ難しく考えてしまいます。それをプレゼンによって説得し、「大人でも、こういうものが作れたら楽しめそう」「飾られたら嬉しいかも」と想像させてくれました。

 


《絵本の世界を再現するミニチュアの自転車》

 

5.大規模な広告計画

 最後に紹介するのは、デザイン情報学科の学生の広告提案。ほかの学生のようなワークショップ企画や展示計画ではなく、参加型の広告プランを計画していました。最初のプランからほぼブレずに提案を修正していった印象。ただ、段々と規模が大きくなっています。自分が手を動かすより、それを広めたりマネジメントしたりするほうが得意だと話していた学生にとって、一番やりたかったことが実現できそうな予感です。これは、もしかしたら内容を話さない方がいいかもしれないので、どんな広告になるかはお楽しみに。サイズ感もワクワクも詰まった企画な一方、その支持体や仕掛けを聞いている身としては「本当にそんなことできるの…?」という怖さもちょっとあります。

 より細かな展示・施工計画部分は、プロのデザイナーについてもらい、実際の掲出方法や印刷方法を相談。学生はこの広告企画のプロデューサーとして関わっていきます。その座組みを聞いていると、このプロジェクトはもはや前哨戦で、これからが本当の正念場のような。他人事ながら戦々恐々しつつ、学生が考えた自由度の高い企画に心強い大人たちがチームとして加わり、実現していく過程が楽しみです。

 


《打ち合わせの様子》

 

6.すべては、自分のアイデアから

 学生たちの提案が始まる前、草刈さんから学生に向けた今回のプロジェクトの感想を伺いました。ここまで読んでいただいてもわかるように、学生たちの提案は、着想段階からほとんど変わっていません。もちろんブラッシュアップしていく過程はありましたが、一からプランを変えることはありませんでした。この姿勢は、草刈さんが「PLAY!」で普段している仕事にとても近いそうです。

「みんなで運営している施設だから、もちろん独りよがりになってしまってはダメ。けれど、他の人の意見に流されてしまうとモチベーションが下がってしまう。自分の中で考えて、発表していくこと。自分のアイデアから始まることを大切にしていかないといけない。」
 
 自分の中で課題やテーマを見つけ、それを課題として取り組むという姿勢は、ムサビで身につく学びへの姿勢の一つ。このプロジェクトに参加した学生たちが特に頑固だったというより、学校生活の中で身に染み付いた姿勢が評価された瞬間のように思えます。もちろん、評価されるためにやっているわけではありません。けれど、これから大学という場所を出て就職やその先の活動を見据える学生にとって、「これからも、その姿勢を続けていくべき」と太鼓判を押されたような瞬間でした。

 


《打ち合わせの様子》

 

 学生たちも、全十回を終えてのさまざまな発見や変化を話してくれました。初回は手が震えながら参加していたという学生は、ちょっとずつ話せたり、積極的になれたと言っていたり。またある学生は、手を動かすよりも、プロデューサー的立場のほうが得意なんだなと気付けたり。これまでの制作ではなかった「お客さんの視点」に立てたり、PLAY! という施設の解像度が段々変わっていくことで、自分事に変わったという意見も。施設と大学にとってとてもいい企画であったことはもちろんですが、学生のこれからにとっても、すごく大きな3ヵ月になっていたようです。
 特にびっくりしたのは、ムサビへ留学してきており、元々は卒業していたら帰国しようと考えていた学生が、「(PLAY! PARKの)小栗さんのインタビューを読んで、なりたい像が見えた気がする。卒業後に日本で働いて、それを踏まえて帰国したいと思うようになった」と話していたことでした。

 

7.おわりに 「PLAY! と経済」を考える

 本企画はこれにて一旦終了しますが、それぞれの企画はこれからがスタートライン。「プロデューサー」という立場についての解説から始まったプロジェクトで、結局全員が各企画のプロデューサーとして立ち回り、企画の実施までを手がけます。
 オンラインや、PLAY! の施設内でブラッシュアップされていたものが、実際に実行されるまでに着地するには、まだまだたくさんのステップがあります。予算感も、場所の知名度も、ほとんどの学生にとってはこれまで想像し得ない規模感の課題が待ち構えているでしょう。そう、大きなプロジェクトになればなるほど、大変だし面倒くさい。けれどそこには、それだけのダイナミックさと、パワーがある。これは、社会人になると必ず体験する辟易する部分でもあり、病みつきになる部分でもあります。
 参加した学生たちには、いろんな大人の力を上手に借りながら、自分のプランをブレずに持ち続け、実施される日まで走りきって欲しい。そこで見える景色が、また学生たちにとってどんな体験になるのか、どんな変化をもたらすのか。PLAY! という施設にとっても、どんな変化が生まれるのでしょうか。

 


《プロジェクト終了後》

 

 経済という言葉は、少し冷たく聞こえます。かくいう私も、このプロジェクトのテーマ「PLAY! と経済」というのを聞いたとき、少し近寄り難く、美術大学のプロジェクトとこの言葉が結びつくことに違和感を覚えていました。
 けれど、全十回のミーティングを通して、今は認識が少し変わっています。学生たちやPLAY! に関わる人たちが毎週懲りずに提案を続け、その熱量とクリエイティブが人を呼び、話題になり、人の楽しみになる。その熱量が経済と結びついているということが段々と体感できたからです。社会人になって数年経ちますが、「経済」という言葉をポジティブに捉えられる貴重な体験になりました。だからこそ、学生たちの学びになるだけでなく、PLAY! にとってもいい事例になったら素敵だし、きっとそうなるだろうなと思っています。

 

(文=ヤマグチナナコ)

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