【magazine】武蔵野美術大学公開講座2019 第2回レポート 「あたらしい仕事をつくるビジョン力」を学ぶ!
「新しい価値の創出」や「創造的リーダー」の育成などをテーマに掲げ、武蔵野美術大学とWEデザインスクールが共同開催する社会人向けの公開講座。その第二回「『あたらしい仕事をつくるビジョン力』を学ぶ!」が9月18日に開催され、ソーシャルデザイン分野で活躍するNPOグリーンズ代表/greenz.jp編集長の鈴木菜央さんと、新しいタイプの求人サイトを手がける日本仕事百貨/株式会社シゴトヒト代表のナカムラケンタさんが登壇した。モデレーターは前回同様、OFFICE HALO代表/WEデザインスクール主宰の稲葉裕美さんが務めた。
文=杉原環樹(ライター)
■ まずやってみる=プロトタイピングの重要性
会場は東京ミッドタウン内のインターナショナル・デザイン・リエゾンセンター。初回となる前回は、同じ会場でアーティスト、デザイナーの長谷川愛さんによる価値観を揺さぶる芸術実践が紹介された。今回のテーマは起業に関わるものでだいぶ色は異なるが、ほぼ満席の会場には、前回から続けて聴講している参加者も少なくないようだった。
「今日のゲストのお二人は、どちらもコミュニティや人のつながりに関わっている。今日はそれについて聞きたい」。冒頭、講座の意図や背景を紹介したモデレーターの稲葉さんからこのように振られると、まずはナカムラケンタさんが自身の活動について語った。
ナカムラさんが運営する「日本仕事百貨」は、従来の募集条件が機械的に羅列されるだけの求人サイトに対し、働く個人の物語を丁寧に取材することで、その仕事や現場の魅力を伝えるスタイルが人気の求人サイトだ。この手間のかかる運営方針の背景には、不動産業界で場所づくりに携わっていた時代の、ナカムラさんの経験があったという。
「不動産時代、仕事へのモヤモヤから週6で同じバーに通うようになりました。そんなあるとき、このバーこそ自分の求める『いい場所』だと気がついて。何が通いたくなる条件かと言えば、結局は『人』なんですよね。場所と人をすれ違いなく結びつけることができれば、いい場所がもっと増えるはずと、求人サイトの設立を思いつきました」
従来のサイトでは、職場と人のすれ違いがあると考えたナカムラさん。そこで起業にあたり参考にしたのは、リノベーション物件の紹介などで知られる不動産情報サイト「東京R不動産」と、働き方研究家・西村佳哲さんの著作『自分の仕事をつくる』だった。
たとえばR不動産では、「改装可能」や「水辺にある」など、定量化できない物件の価値が細かく紹介され、その欠点も正直に明示されていた。「不動産業で一番手間がかかるのは内見。都合の良い情報だけ見せても、内見で納得させられなければ、結局は効率の悪いことになる」。同じように求人でも、給与や福利厚生以外の仕事の魅力や、職場の素顔を正直に見せることで、より良いマッチングができると考えた。
いっぽう西村さんの著作では、ページ中にメモ用の余白が多く設けられていることに注目した。「本文よりも読者の思いの方が大事」というこの姿勢は、「想像の余地のある求人サイトを」との発想につながった。実際に日本仕事百貨は、とくに就職や転職を考えているわけではない人が気軽に他の仕事に触れられるメディアとしても、人気が高い。
利用者の潜在的なニーズをかたちにしたナカムラさんだが、「自分にビジョン力があるわけではない」という。むしろ、経営にとって重要なのは、普段の「情報収集」とその「編集」、そして「まずやってみる」(プロトタイピング)の繰り返しだと語る。
「試行錯誤を連続させられる環境を作ることが何よりも大事。感覚的には、スポーツに近いと思います。いくら座学で学んでも、ラケットを振らないと精度は上がらない。その意味では仕事づくりでも、いかに多くの打席に立つかが大切だと思っています」
その一例として紹介されたのが、荻窪のブックカフェ「6次元」だ。同店では、もともと変わり種の料理やお酒を売りにしようとしていた。だが、お客さんは増えない。そんななかある客たちから、「カレーを作りたい」「読書会をしたい」との声が上がる。店主ははじめこれを「普通だな」と感じたが、その要望に応じていった結果、いまでは村上春樹のファンが集まる店として海外メディアからも注目を集める存在となった。
「6次元ではイベントのあとも、お店をしばらく開けているそうです。すると、お客さん同士が話すようになり、そこからまた新しいアイデアが生まれ始めた。集まった人たちをつなげることで、連続して何かが起きる環境が作られているわけです。こうした環境を作ることができれば、自然と事業の打率や精度も上がっていくと思います」
■ 関係し合う世界の、生かし合うデザイン
続いて活動を紹介した鈴木菜央さんの運営するNPO グリーンズは、社会課題に対する試みやアイデアを紹介するサイト「greenz.jp」を中心に、日本における「ソーシャルデザイン」の領域を牽引してきた存在だ。そんな鈴木さんは、「有限な地球の有限な僕は生かし合う関係性をデザインする」というタイトルでプレゼンを行った。
高校時代からデザインを学び始め、美術大学に進学した鈴木さん。しかし、在学中に起きた阪神・淡路大震災の被災地でのボランティア経験が、その価値観を大きく変えた。
「4カ月ほどのボランティアのあと、大学に戻って消費を喚起する今まで通りのデザインを勉強することに、意味を見出せなかったんです。そこで社会的なテーマ、つまりかたちのないものをデザインするという方向に向かいました」
大学卒業後、雑誌『ソトコト』での編集者勤務などを経て、2006年にNPO グリーンズを設立。社会課題に対するさまざまな試みを紹介する活動は「ソーシャルデザイン」と名付けられ、同名の書籍にもなった。周囲の反応は予想以上だったという。
「社会を良くしよう」。そんな思いで仕事に没頭した鈴木さんだが、ここで思わぬ出来事が起きる。家庭に危機が訪れてしまったのだ。「頑張って仕事していたつもりが、じつは自分の真ん中がぽっかり空いていた」。この状況の比喩として鈴木氏が発した「幸せのドーナツ化現象」という表現には、会場から思わず共感の声が上がった。
また同じころ、ソーシャルデザインへの批判も聞こえてきた。たとえば、社会変革を目指す活動への参加は、経済的な余裕がないと難しいという意見や、問題の発生後にしかアクションしないその対症療法的な性格の限界も指摘された。
あらためて自分が目指す「デザイン」を考えるなか、鈴木さんは経済活動と社会、そして自然が互いを前提として成り立つことや、有限な世界のリソースのなかでは、そうした異なる領域の「生かし合い」が重要ではないか、との思いに至る。そして2014年、この考えをより深めるため、アメリカに「パーマカルチャー」を学びに向かった。
パーマカルチャーとは、自然のエコシステムを参照し、持続可能な農業や文化を目指すデザイン手法のことだ。滞在したアメリカの農場では、太陽光を利用したシャワーや人間の排泄物で土地を豊かにする手法に出会い、大きな刺激を受けたという。
「デザインってここまで生かすものなんだと、目から鱗が落ちました、何かと何かを究極的につなげるとここまで行くんだ、と。パーマカルチャーで重要なことは、観察して手を入れるということなんです。システムが上手くいきそうなところを見つけて、手を入れる。さきほどナカムラさんが紹介した6次元の例も、これにつながりますよね」
そんな鈴木さんがいま取り組んでいるのは、「関係性のデザイン」だ。たとえば、自宅のある千葉県いすみ市では、地域通貨「米」(まい)や、行政と組んで仕事づくりを支援する「いすみローカル起業プロジェクト」を立ち上げるなど、さまざまな取り組みを展開している。また、グリーンズ内においても、毎日のミーティングにあたり各人の体調や状況を共有する「チェックイン」という過程を取り入れ、重視しているという。
「地域では、誰かの困りごとが誰かのチャンスになり、その場の資源になる。弱さを見せることによって、価値が生まれるんです。これからは自分の経験を通じて、持続可能な社会を誰でもデザインできるメソッドを作り、さらに広めていければと思います」
■ 自分ごとをいかに見つけ、かたちにするか?
ゲストの二人は、仕事づくりにつながる「自分ごと」をどう発見したのか。講座の後半、モデレーターの稲葉さんらこう問われると、鈴木さんは「自分とつながることが大事」と話した。「以前は自分が拗ねちゃっている感じがあったんです。でも、感覚に目を向け、未来について自分や人と話してみる。そこで感じるワクワクから逆算して、仕事ができた気がします」。
いっぽう、「自分はあくまでも、試した経験から学ぶタイプ」とナカムラさん。経営にあたっては、いまも多くの失敗例があると語る。「でも、面白いことに出会ったときにすぐ反応できるよう、身軽な状態にいることは大事にしている。日々に余裕の部分を設けて、チューニングしていく。そうした柔軟さはじつはとても強いと思います」。
こうしたあり方を、稲葉さんは「お二人は自身を置き去りにしていない。心のなかの内なる子どもの声に対して、社会のわかる大人の自分が協力している感じ」と表現した。
また鈴木さんからは、実際に仕事をかたちにしていくなかで、「どれだけステップを小さくするのかが大事」との話もあった。たとえば、カレー屋を開店したい場合、その手応えは実際のカレー屋を開かずとも、小さなイベントで試すことができる。「フィードバックのループを速くすることで、いろんなことが試せるし、失敗もできる。初期のグリーンズは、最初から完成形を見せようとして苦労したように思います」。
事業を立ち上げるうえでは、当然受け手の感覚も重要だ。この点について、ナカムラさんは「自分がそのサービスにお金を払うのか、という視点は大事。具体化のなかで、なぜか自分も望まないものを作ってしまいがちだ」と指摘。これを受けて鈴木さんは、「自分はよく読後感のような気持ちについて考えてみる。触れたあと、受け手がどんな気持ちになっているのが望ましいか。それが明確になれば何をすべきか明確になるし、チームで共有できていれば、事業を進めるなかで立ち戻る場所ができる」と話した。
■ 経験と試行錯誤から「ビジョン」は生まれる
トークの終盤では、会場とのやりとりがあったほか、今回の公開講座を通した一貫した問題意識である、「発想はどこからくるのか」「新しい価値をつくるとは何か」「未来の創造的リーダー像とは」という三つの点について、両者がコメントした。
発想について、二人はともに情報の重要性を指摘した。「つねにいろんな情報を集め、それらを組み合わせたら何ができるか考えている」とナカムラさん。同じように、本屋では多くの本を手に取るという鈴木さんは、「ほかにも、面白がりの友達をいっぱい持つことも大切だなと。そのタレコミのおかげで、自分の世界が広がっている」と語った。
新しい価値に関してナカムラさんは、「それは結果的に生まれるもの」という。これに同意しながら鈴木さんは、「心からやりたいことをやれば、それが価値になる。まずは自分ごとを見つけることが大事。日々の怒りや困りごとにその種がある」と話した。
では、創造的リーダーとはどんな存在か。ナカムラさんはこれについて、「自分で創造するというより、周囲の人がどんどん何かをやる環境を作れる人だと思う。その役割はファシリテーターに近い」と指摘。いっぽう鈴木さんも、自分の弱みや限界を隠さずに見せることができる「弱いリーダー」こそ、周囲の動きを促すと語った。
こうした二人の話を受けて稲葉さんは、「お二人は、生や人生とは何かという問いを真剣に考察していて、それを軸に生き続けている」と感じたと話す。「試行錯誤はあっても中心は失っていない。鈴木さんの例えに倣えば、ドーナッツの中心である五感的な喜びにつねに向き合っていて、それがビジョン力に結果的につながっている」とまとめた。
今回の講座タイトルにもある「ビジョン力」という言葉は、直感的に未来の姿を見通すことのできる個人の姿をイメージさせる。しかし、ゲストの話に共通していたのは、むしろその「ビジョン」は、自身の地道な経験にこそ根付いているということだ。
講座の終了後、話を聞いた参加者からも、印象に残ったこととして、その点を挙げる声が多く聞かれた。ITベンチャー勤務の女性は、「最初から完璧さを目指すのではなく、多くの行動から解に近づくプロトタイピングの重要性を感じた」と話す。また、大手電機メーカーに勤める男性も、「(大企業の)自分たちの仕事では、階段を一段ずつ進むようなプロセスが求められがちだが、新しい価値の創造は、スポーツのような試行錯誤のから生まれるという今日の話は、なるほどと思った」と語った。
加えて、これまでも同種のイベントに参加してきたという後者の男性は、「多くの講座ではマーケティングの大切さが語られるが、今回のゲストのお二人は自分のやりたいことに重きを置いている。そこが、ほかのイベントと違っていた」とも話した。
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武蔵野美術大学公開講座2019 「クリエイティブを学ぶ! 〜デザイン、アートの力って?」
■第2回 2019年9月18日(水)19:00-21:00
「あたらしい仕事をつくるビジョン力」を学ぶ!
講 師:
鈴木菜央|NPOグリーンズ代表理事greenz.jp編集長
ナカムラケンタ|日本仕事百貨代表 / 株式会社シゴトヒト代表取締役
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