【magazine】武蔵野美術大学公開講座2019 プレトーク「今なぜ、クリエイティブを学ぶ?」 (後編)
今年秋に全3回にわたり開催される公開講座「クリエイティブを学ぶ!〜デザイン、アートの力って?」。その開催に先立ち、本学学長でデザインコンサルティングを専門にしてきた長澤忠徳とOFFICE HALO代表取締役でWEデザインスクールを主宰する稲葉裕美が対談しました。
後半では「クリエイティブの学びにおいて大切なこと」について話します。
構成=杉原環樹(ライター)
■感性の扉を開くということ
稲葉:学校を運営していて嬉しいのは、受講生の方から「見えるものが変わってきた」という感想を聞くときです。私たちは実際に体験して触れてもらうことで、感覚を掴んでもらうことを大切にしているのですが、普段と同じ道を歩いても、景色が違うものに見えてきたとおっしゃる方が多いんですね。デザインは、やはり経験値が重要な領域だと思うので、実際に触れてもらう、経験してもらう、慣れてもらうことを通して、デザインの考え方を掴んでもらいたいと思っています。
いっぽう、ビジネスバックグラウンドの方と接するなかで、感性的な思考、つまり五感で捉え、感情で認識することが苦手な方が多いという感触もあります。
長澤:稲葉さん、それは日本の宿命なんですよ。ほとんどの人はサラリーマンだから。余計なことを考えたり感じたりしたら、評価に差し障ってしまう。
稲葉:本当にそう思います。みなさん、サラリーマン生活で、個を殺すような生き方を強いられるなかで、自分の感性や感情に従って何かを見たり感じたりする自由を封鎖して生きている方が多いのではないかな、と。
長澤:日本の企業における人事の評価、人を抱える仕組みのルールから、どんな風に人を解放することができるのか。これはとても難しい問題ですね。
稲葉:子ども向けの創造性教育のような領域もありますが、私は、大人になってからでも自分の感性に気付き直すことはできると思っています。私たちの学校でも、いろんなものを見て味わううちに、感性の扉が開けてきたとお話しされる方は多い。感性の掘り起こしを最初に行うことが、とても重要だと思っています。
デザインの実践に先立って、土台となる自分の感性に向き合う。それができると、他者や人間全体の抱いてきた普遍的な感性に対しても、想像できるようになる。そうした想像力が、デザインを考えるうえでじつはとても大きなベースなのだと思います。
長澤:変な話、僕はなぜ美大に食の授業がないのかと思うんです。料理って、調理の仕方から設え方まで、デザインの塊ですよ。誰かの誕生日の料理は、みんな真剣に考えるでしょう。その意味で、みんな日頃から何かのデザインはしているわけです。
たとえば、誕生日や親が上京したときなど特別な機会に、普段行かないような場所に食べに出かけてみる。実際、15年ほど前にそうした課題を授業で出したことがあるのですが、ある学生が誕生日に初めてハイクラスのホテルのランチを食べて、サービスから何からまるで違うと驚いていたことがありました。それは広義の意味での「デザイン」で、いままでと違う世界を経験することで、何か自分が拡張された感覚があるわけです。そんなことからも、一歩は踏み出せると思いますね。
稲葉:あらゆる感覚器官を刺激する体験を持ち、五感での認識力を広げることが、デザインには重要ということですよね。そして、自分の「快」の範囲を拡げる。もしかすると、自分の「快」のかたちを無意識に限定してしまっている人は多いかもしれない。いつもと違う行動をすることで、自分を変化させたり、新しいものの見方を得られるというのはありますよね。
■ルールを疑う力
長澤:僕らの世代だと、「サラリーマン時代に家で夕飯を食べたことがない」という人もけっこう多いんです。ほとんど飲み屋に行って、そこがビジネススクールみたいな位置付けになっていた。いまは、そんな画一的な企業戦士像に疑問が差し挟まれている時代でしょう。そのなかで、デザインへの注目も高まってきたのかなと思います。
稲葉:かつてのビジネスパーソンは、朝から晩まで会社や仕事に関わることしかやっていない方が多かったのかなと思うのですが、いまの若い人たちって……。
長澤:「私」がありますよね。
稲葉:そうですね。そう思います。働き方改革の話題もありましたが、やはり仕事だけで人生を達成するのではなくて、自分の時間なり人生全体なりを考えながら、生き方を良くしていきたいと考える方が増えてきたのかなと。その余白をどう使うかへの注目は、じつはデザインを考えるマインドにつながる、良い傾向だなと思っています。
長澤:僕は最近、「Beyond the Rules」という言葉を好んで使うんです。つまり、自分や会社のルールを超えた「先」の部分を、どのように考えるのか。これが、あらゆる領域でこれからとても大事になると思います。
かつての「バンカー(銀行家)」は、利率を相手と話して決めていました。一応決まりはあるけど、彼の権限で動かせるその「幅」の部分に、じつは「その人」がバンカーであることの意味があるわけです。でも、いまの銀行は機械的に利率を決める。すると、誰がバンカーでも大して変わらない。本当はルールの「先」に対する決定権のある人が、仕切る人なんです。そうでなければ、AI(人工知能)にやられちゃう。
同じようにデザインとは、一種の冗長性に対する思考とも言えます。デザイナーは、ルールに悩みながら、その先の、より面白い落としどころをつねに探しているもの。その価値観が、より多くの人に共有されるといいなと思う。
稲葉:ビジネス領域には、やはり根深い前提があると感じます。現場レベルで考えても、企画の提案方法は決まっていたり、数字の論拠が必要だったり、そうした前提は揺るがないなかでクリエイティビティを発揮するのは、とても難しいことですよね。
長澤:だから、大前提を疑う人は会社を辞めちゃうわけでしょう。これは、デザインを学ぶ以前の素地となる生き方の話かもしれないけれど、そこで余計なことをあえてしてみようと思う大胆な人にとっては、デザインの勉強はとても意味があると思います。
■自分の世界を揺らし、統合する学び
稲葉:最後に、これからの社会とデザインの関係について、どのような理想を持たれているのかお聞きできますか?
長澤:理想で言えば、僕ははっきりしていて、デザインは義務教育の必須科目にしたほうがいいと思っています。
たとえば、山で昆虫を見つける。その昆虫は、山に生えるある草を食べにきている。その草は、この土壌だから育っている……。そんな風に物事というのはお互いに関係してあるものなのに、日本の教育では効率主義の結果、それを分けて教えています。では、それらをトータルで考える場所はどこかというと、デザインしかないんですよ。
稲葉:五感と感情で理解するという、感性的な観点をもちながら、統合的にものごとを見ていくということが、とても大事ですよね。
長澤:それがないと、会社が扱いやすい人は育つかもしれないけど、社会は衰えますよ。
稲葉:そうですね。これまでは、システマティックに働いてくれる人や、部分的に働いてくれる人が活かされやすい産業が主で盛んだったわけですが、いまはその状況自体が変わってきている。
長澤:そのとき、冗長性をどう捉えるのかが、その人の価値になると思います。
稲葉:科学的な根拠や統計的な数字、社会の常識などは、ある種わかりやすいので、ビジネスの現場でも正解として共有されやすいと思うんです。しかし、感性的な基準値は、なかなか共有されていかない。そういった一見曖昧なものも、共有できるよう学べる機会が増えるといいですよね。
長澤:実際、自動車ひとつとっても、昔は走れば良かったものが、自動運転車も増えてきたいまでは、情報システムとリンクしていますよね。つまり、製品として明らかに自律していなくて、それ単体を考えていても仕方ない時代になっている。僕たちは、そのなかで、従来は「余計」と思われていたものに力を入れないといけないわけです。
今回の講座は、それを考える一歩になるものだと思います。そのとき、僕が受講生の方たちに意識してもらいたいのは、「なぜこんな講座を受けるのか」ということ。受講生はもちろんデザインに関心がある方たちだと思いますが、受講しても、なおわからない部分もあるかもしれないわけです。でも、すぐにわからないからこそ魅力的なんですよ。それは自分の世界が少し揺らぐということ。その感覚こそを、味わってほしいですね。
稲葉:ありがとうございます。これまでの自分のバイアスでは理解できなくても、揺らいだその先に、また新たな理解が広がっていますよね。デザインに対する関心が高まるなかで、実際にビジネスパーソンの方たちに、どのような部分から伝えていけるのかというのはいつも考えることです。この公開講座も、みなさんの新しい一歩になるものにしていければと思っています。
長澤忠徳|武蔵野美術大学 学長
1953年 富山県生まれ
1978年 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業
1981年 Royal College of Art, London 修士課程修了 MA(RCA)取得
1986年 有限会社長澤忠徳事務所設立、代表取締役就任、現在に至る
1999年 武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科教授に就任、現在に至る
2015年 武蔵野美術大学学長、学校法人武蔵野美術大学理事に就任、現在に至る
2016年 Royal College of Artよりシニアフェローの称号を授与される
【専門】デザインコンサルティング、カルチュラル・エンジニアリング、デザイン評論、デザイン教育
これまでに民間企業、地方自治体、政府のデザイン顧問や行政広報、オリンピック関連の各種委員、グッドデザイン選定審査員等、デザイン振興活動や国際デザイン情報ネットワーク構築等に尽力
稲葉裕美|OFFICE HALO代表取締役/WEデザインスクール主宰
武蔵野美術大学造形学部卒業。1984年生まれ。アート・デザインと社会の接点が足りていないと感じたことから、その仕組みづくりをしようと考え、武蔵野美術大学に入学。創造性教育やアート・デザイン教育、その実践的活用や普及を研究対象とし、デザインマネジメントやアートマネジメント、文化政策を学ぶ。2014年にアート・デザイン教育の開発・提供を目的としたOFFICEHALOを設立し、同年、社会人向けアートスクール「CORNER」を、2017年に「WEデザインスクール」を開校。近年は、ビジネスリーダーの感性を育成するプログラムの開発・実施を軸とし、人間や体験に寄り添った、企業のブランド戦略、コンテンツ開発などにも携わる。
【lecture】武蔵野美術大学公開講座2019 「クリエイティブを学ぶ! 〜デザイン、アートの力って?」(全3回)
■第1回 2019年9月11日(水)19:00-21:00
「0→1を生むアートとデザインの思考」を学ぶ!
講 師:長谷川愛|アーティスト、デザイナー
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■第2回 2019年9月18日(水)19:00-21:00
「あたらしい仕事をつくるビジョン力」を学ぶ!
講 師:鈴木菜央|NPOグリーンズ代表理事greenz.jp編集長
ナカムラケンタ|日本仕事百貨代表 / 株式会社シゴトヒト代表取締役
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■第3回 2019年10月2日(水)19:00-21:00
「アート×ビジネスの関係」を学ぶ!
講 師:遠山正道|株式会社スマイルズ代表取締役社長
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